ウオズミさん
玄関のチャイムがささやかに私を呼ぶ。
夕食前でぐずる息子を抱えて扉を開けると、セールスマンが立っていた。彼は苛々している私に、折り目正しく名刺を差しだす。
主人が帰っておりませんので、と頭を下げようとすると、最近いくつかの単語を話すようになった息子が「サカナ!」と叫んだ。息子は名刺にある『魚』という漢字をしきりに指している。
セールスマンの魚住さんが、にっこりとして口をひらこうとしたその瞬間。その唇からぼわりと大きな魚が飛びだした。
(魚)住さんは途端に脱け殻になって、三和土にへたりこむ。わたしは慌てて宙を泳ぐ魚を追いまわしたが、つるりぬるりと開いた窓から逃げられてしまう。残された鱗が西日の差す部屋で、お天気雨のようにきらきらと散った。
困った私は冷蔵庫をあさり、奥から冷凍さんまをひっぱりだす。霜だらけで脂の黄ばんだそれを、(魚)住さんの喉に突っこむ。
ぱちりと目覚めた魚住さんは、来た時よりも随分のっぽになって、ぎくしゃくと帰っていった。
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