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記憶の糸

近所の堤防を歩いていたら、ヨークシャーテリアがわたしの足元にぴょこぴょこと纏わりついてきた。
 
わーなんだなんだ、と戸惑っていたら、堤防の下から「ごめんなさーい」と声がした。赤い紐を持った老夫婦が、にこにことこちらを見上げていた。
 
ヨークシャーテリアを抱えて、堤防を下りていく。ご夫婦が手にしている赤い紐は、首輪ではなく前足と胴にかけるタイプのリードだったのだけれど、おふたりはその装着方法がよく解らないらしい。犬を飼ったことがないわたしが手伝って、なんとか問題は解決した。
 
旦那さんがリンちゃん(犬の名)を引いて、ゆっくりゆっくりとふたりは遠ざかってゆく。夕暮れの河原で、その仲睦まじい様子はまるでセピア色のチャーミーグリーン。

その光景を羨望のまなざしで見送りながら、わたしの心はいつまでももやもやしていた。ご夫婦の旦那さんの顔に、やけに覚えがあったのだ。けれど、旦那さんがわたしのことを意識している様子はなかったので、訊ねてみることはしなかった。でも、絶対知ってる。どこで会った人だろう。
 
考え考え歩きながら、やっぱり知ってる人に似ているというだけかなぁと諦めかけた時、ああああ!! おもいだした。
 
あの旦那さんは、わたしがかつて働いていた珈琲屋さんによく来ていたお客さんだ。
 
記憶の糸の先は網状に拡がっている。手繰ればそこに色々なものが引っかかってくる。
 
いつもカウンターのおんなじ場所に陣取っていた。普段はブレンドコーヒーだけど、月に1回だけウインナーコーヒーを頼む日があった。夏場にはアイスコーヒーにガムシロップをふたつ添えていた。「おねえちゃん、色白いなぁ。湯に入ったら薄く染まりそうなそそる肌やなぁ」とか言っては手を離さないような人だった。……あとはお察しください。
 
 
 
日頃の行いってあまり関係ないんだなぁとおもう。もしくは、あのおっさんが神様の死角にすっぽり嵌っているかだ。

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