ウオズミさん
玄関のチャイムがささやかに私を呼ぶ。
夕食前でぐずる息子を抱えて扉を開けると、セールスマンが立っていた。彼は苛々している私に、折り目正しく名刺を差しだす。
主人が帰っておりませんので、と頭を下げようとすると、最近いくつかの単語を話すようになった息子が「サカナ!」と叫んだ。息子は名刺にある『魚』という漢字をしきりに指している。
セールスマンの魚住さんが、にっこりとして口をひらこうとしたその瞬間。その唇からぼわりと大きな魚が飛びだした。
(魚)住さんは途端に脱け殻になって、三和土にへたりこむ。わたしは慌てて宙を泳ぐ魚を追いまわしたが、つるりぬるりと開いた窓から逃げられてしまう。残された鱗が西日の差す部屋で、お天気雨のようにきらきらと散った。
困った私は冷蔵庫をあさり、奥から冷凍さんまをひっぱりだす。霜だらけで脂の黄ばんだそれを、(魚)住さんの喉に突っこむ。
ぱちりと目覚めた魚住さんは、来た時よりも随分のっぽになって、ぎくしゃくと帰っていった。
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
楽しい♪
時々見かける気がします、(魚)住さんみたいになってる人。(みねぎ)しさんとか。
投稿: はやかつ | 2010年12月26日 (日) 21時25分
はやかつさん
ありがとうございます!
この作品は、甥が魚の漢字を指差して「おさかな!」と言っていたのに感激して書いたという…(そのまんまやないかい)。
ちなみに魚喃キリコの『魚』だったので、カンニングはしていないものとおもわれます。
投稿: タキガワ | 2010年12月27日 (月) 02時29分