勝手
ちょっとした諍いの、戒めのつもりで恋人の家を飛びだした。夜の田舎道はひと気がなく、見渡すかぎり暗くて、孤独を感じる隙もない。風もないのに、叢が揺れた。
あ。
声を発する間もなく、私は地中に引きずりこまれていた。アイシュルル……アイシュルルという囁きに似た鳴き声で、自分がジアイモグラの棲み処にいることを識る。
この一帯は、彼らの繁殖地であった。
黒く艶やかなモグラの目が、私を見下ろしている。落ち着きのない、遠慮がちな仕種で周囲を嗅ぎまわりながらも、私をかき抱く前肢の力は緩むことがない。
ほんのすこし高い体温が、じわりと私に伝わってくる。モグラが身体を捩るたび、アイシュルルと呼気がかかる。巣穴を埋め尽さんとばかりに膨らんでゆく。ほたほたした柔らかな肉が、私の鼻先にまで迫った。くるしい。粉っぽい濃密なモグラの体臭に悪寒がする。
気力の果てた私は、朦朧とモグラの顎を眺めているしかなかった。
アイシテルアイシテルアイシテル
モグラが喉を震わせて言う。それを聞くごとに私は、穴より深い場所へ沈む。
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