もうすぐ2歳の甥っ子に、絵を描いてやる。
彼はわたしに会うと、真っ先にスケッチブックと色鉛筆を持ってやって来て、「じ!(字)」と言う。
「なに描く~?」
わたしが訊くと「おに!(鬼)」とか「はんしん(虎)」とか「さぼさん」とか言うので、延々それを描く。(さぼさん、はNHK子供番組のキャラクター)
その甥っ子がお昼寝をしている間に、妹と買いものにでたら、彼は予想より早く目覚めてしまったようで、家に帰った途端ぐずぐず泣いている声が聞こえた。
あーあ、とおもいながら居間に入ると、わたしの父と母が甥をあやすために絵を描いてやっていた。その絵がものすごく衝撃的だったのだ。
うちの母は絵が上手く、学生時代に描かれた落書きをわたしも何回か見たが、かなりの腕前だった。しかし、その甥に描いていた絵は、線はよろよろして形がまったく定まっていなかった。
母自身も、久し振りに絵を描いてみて、おもい通りに線を引けない自分に驚いたそうだ。
そして、父の絵はというと、家族の誰もが父の描いた絵を今まで見たことがなかったのだが、それもそのはず、下手だったのだ。
ひとくちに下手な絵といっても、マル描いてチョンといった感じの、対象のディテールすらすっ飛ばした絵や、「こんな雰囲気」というのを纏め上げた結果、超シュールな作品に仕上がった絵など、いろいろある。
そのなかでも、父の絵は「擬人化タイプの下手絵」だった。
たまにあるでしょう。人間じゃないものに、眉毛とか足とか描いてある惜しい絵が。
父の絵も、蛸の8本の足のうち、2本の触手が長いという「正解」を見事に叩きだしつつも、眉毛アリという哀愁満点な表情を持っていた。眉毛描いちゃうと、蛸の口が単にとんがらがしてるように見えちゃうんだってば。「蛸のはっちゃん」感が醸しでちゃうんだってば。
しかも、吸盤のひとつひとつや、ぐったりした水揚げ直後のヌメリがものすごくリアルで、はっちゃんのラブリーさをも打ち消してしまう。
甥っ子は、寝起きでぐずっていたわけではなく、「こわい」とそれを見て泣いていたのだった。
わたしは15年近く水彩画を習っているのだが、今回のことで、一度体得した技術もいつの間にか消え失せてしまう、ということを識った。
それに、わたしの身体を流れる血の半分は、父のものなのだ。ぼんやりしていると、わたしも「なにがなんでも擬人化」界に堕ちてしまうやもしれぬ。
テレビを観て、「なんで眉毛描いちゃうのかねぇ」とダウンタウンの浜ちゃんの絵を笑っていたわたしはもういない。
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