あかるいね
恋人の住まいに入るのは、はじめてだった。
ベランダへ続くサッシに貼りついて夜景をみつめる私を、彼は笑った。窓辺の温度はすこし低くて身震いがきた。
都心部から伸びる道路を辿る自動車の列が、循環する血液を連想させる。どこかを巡る電車の光が這い回る。
恋人がぱちんと部屋の灯りを点けた。
窓ガラスが鏡になり、疲れた頬をした<私>が閉じこもっている。
ぱしぱしぱし。瞬きを繰り返す。ぱしぱしぱし。そんなわけはないのだが、瞼をあげるタイミングがずれている気がして、私はガラスに映った<私>を凝視する。
ぱしぱしぱ。
息がかかるほど近くで観察している私に、<私>はハッと動きをとめた。
恋人の淹れるコーヒーの匂いが漂う。
<私>は私にキスをした。かすかに唇の中央だけが触れあう。やわらかに。
長い瞬きが徐々に醒める。<私>の背後の部屋の奥行きがやけに鮮明だ。カップを両手に恋人は、言葉を発する。私には聞こえない。
恋人の膝になだれる<私>の姿を眺めていた。まるで満たされているようだ。
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三里アキラさん “創作家さんに10個のお題”より 『あかるいね』
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コメント
ごきげんよう、ありがとうございます!!!
わぁ、なんというか鮮やかですねぇ。悲しいのに素敵。
めっちゃ嬉しいです~。感謝感謝。
投稿: 三里 | 2009年10月23日 (金) 20時57分
なんだか直してるうちにどんどんかなしく…
最初はもう少し怖かったのにー
面白かったです~。またしようかな。こちらこそありがとうございます~。
投稿: タキガワ | 2009年10月25日 (日) 18時18分