愛情の行方
以前、毛玉と名付けたアメショがいたお店に、今はベンガルという種類の猫がいる。
生後半年近く経っているので、仔猫とは呼べないような大きさなのだが、彼は初対面のときから、わたしの顔をみるとガラスをカリカリしたり、すりすりしたり、なんとも愛らしい姿でアピールしてくる。
もしかして、うちのこになりたいのかい?
でもうちはマンションなんだよね、と切ない気持ちで遠巻きに見守る。
動物がご主人を選ぶ、という話はよく聞く。まぁ、主に漫画(動物のお医者さんやまっすぐにいこう。)で目にしたエピソードだが、犬や猫と暮らしたことがないわたしにとっては、その情報がすべてだ。
もしや、わたしを選んでくれたの?
連れて帰りたいなぁ、とおもいつつも、顔をみに行く日々が続いた。わたしは彼を「矢野くん」と名付けた。
ところが、先日。本屋さんの写真集の棚を通りがかったときに、ベンガルの写真集が目に入った。
あ!矢野くん!
嬉しくなって手にとってみると、表紙についた帯に「ベンガルは、とても人懐っこい猫です」とあった。
そうかー。
矢野くんは人懐っこいのかー。
まず紹介されてしまうくらいに、人懐っこいのかー。
矢野くんは、わたしだけに腹をみせているのではなかった。
まぁ、矢野くんには矢野くんの考えがあってのことだろうし、わたしが勝手に可愛いとおもっていただけなのだからいいのだけれども、でも人懐っこいなら人懐っこいって最初から言っておいてくれてもよかったのに…!
話変わって、甥っ子(人間・1歳5ヶ月)が「おとーたん(お父さん)」「じじ(わたしの父のこと)」と呼ぶようになった。
世話を焼かされている女性(母・わたし・妹)陣は、納得いかないことしきりだ。
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