ユーモア
ミヒャエル・ゾーヴァ展が京都駅の伊勢丹で開催されているので、行ってみた。
自分で描く水彩画もそうなのだが、緻密な絵がすきだ。ゾーヴァさんはすでに納品した作品でさえも、上から塗りつぶしては何度も直し、結局は違う絵になってしまって『これなら、最初の方がヨカッタ…』と後悔することもあるという。
親近感が湧くじゃないか。
ユーモアに重きをおく方で、作品以外にもサービス精神がみえかくれする。会場に入ってすぐのところにある挨拶のなかでも
「お越しくださってありがとう。でも、家でゆっくりしてる方がよかったのに」
的な言葉があった。
大木こだま・ひびきか。
さすがに「言うてくれたら、こちらから行きまんがな~」とは続かなかったが、どうせなら、日本側の誰かが、ゾーヴァさんに『チ』の字のシールも渡してくれればよかったのに、とおもう。今更感ありますけど、どうぞ~って。
案外ノリノリでやってくれそうだ。
面白い絵もたくさんあった。だがわたしは、面白い→笑う、というアクションになかなか繋がらなかった。あかるい気持ちになったりはしているのだが。
しかし、わたしと前後してずっと絵を鑑賞しつづけていたご夫婦と、外国人女性と日本人女性のコンビはゲラゲラ笑いまくっていた。
面白いよ…面白い、けど。
漫才とかコントのライブを観に行ったとき。演劇を観に行ったとき。笑いが生まれる場所で、面白いとおもっても、わたしは笑っていないということがあったりする。
というか、そこまで笑わんでも…とおもってしまうことがある。
まぁ、その演者がだいすきで、つい嬉しくてにこにこしてしまう…というのは解るので、それならばいいのだが、自分の教養や感性の不足により、生じている状況なのではないか。確かに最近大笑いしたことをおもいだせない。ないのか。え、ないの?
やっぱり、面白い→笑う回路がわるくなっちゃってるんじゃないか。不安になる。
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