ゆらゆら
昼間勢いよく石を蹴り飛ばしたことが原因で、その晩私の家に幽霊がやってきた。
女の幽霊だった。ミホシと名乗る。
痛かったのよねぇ、と恨みがましくミホシは言い、ちゃぶ台の上に件の石を落とした。そしてそのままうちに居つくことにしたらしい。あたり屋幽霊だ。
ミホシは百年も前に“好いた男の裏切りを受け”た末に死んだのだ、と主張する。買い置きのおやつにすぐに手をだし、私が恋人と交わす睦言をニヤニヤと傍らで聞いていたりもする女が、そんなしおらしい理由で死んでしまうものか。
ベランダで夜を過ごすのは、私の習慣だ。ミホシも気が向けばそこに付いてくる。この場所は閉じていて、ふるぼけた住宅の壁しかみえない。
今日は久々に友人に会った。彼女らの活力に満ちた近況は、何故だか私を心許ない気持ちにさせる。
幻よりも淡いミホシの気配が、べランダの手摺にまとわりついている。私は黙って腕を伸ばした。
たぶんこのまま一生涯、やりすごすことも可能だろう。何も生まず、どこへも行かず、ただ息をして。
深くあたたかな闇が、私たちの周りを揺蕩っている。
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