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オイルなショック

1年に1回か2回、猛烈にポテトチップスが食べたくなることがある。それが今日だった。

矢も盾もとまらず、コンビニへ走る。でも、普段わたしはあんまりスナック菓子を買わないので、知らなかった。

ポテトチップス(うす塩)って145円もするんだ…!

いつからなの?ずっと前から?わたし、115円くらいだとおもってたよ…。

さんざん迷った末、わたしのなかで、ポテトチップスに145円は納得いかなかったので、家のじゃがいもで何とかしようとおもった。だってじゃがいもは先日1袋98円で買えたんだもん。

でも、家に帰ると、じゃがいもはすでに調理済みだった。

代わりにさつまいもが野菜籠にはいっていたので、蒸かしてみた。

おいしかったけど、納得いかずに、明太子を焼いておむすびをつくった。

30円素直にだせば、今頃満足していたのかな。

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あきらめない気持ち

最近自分のことが怖くなる。おばさん化しているなぁ、ツラノカワが厚いってこういうことか?と。

気付けば、外に着ていけば憂鬱になるような服ばっかりになっていて、買いものに出掛けることにした。

服を買う、と言っているのにまず入ったのは眼鏡店。

とても気に入ったフレームがあったので、これは即買いだ!とお会計に向かう。すると、個人情報保護の関係で、過去の眼鏡の度数のデータを取っておくことができなくなった…という。

度を合わせなおしますか?と言われたが、眼科で処方箋をかいてもらった現在の眼鏡にあわせたい。とりあえず、取置きしてもらって、手持ちの眼鏡を持ってくることにした。

隣にいたお客さんはスムーズに眼鏡をつくっていて、大変羨ましい。眼鏡をつくる申込書に、名前や住所を記入している。ん??

何、何?どうゆうこと?

想像のわたしは、超人ハルクのようにムキムキ!パーン!と巨大化している。あ、パーン!っていうのは筋肉の張りに耐え切れない衣類が弾ける音ね。

名前とか書かなきゃいけないんだったら、度数も一緒に書いといてくれればいいじゃん!その紙をすぐに捨てるって言うなら、そこまで丁寧に書かせなくっていいじゃん!

わたしはどっちかというと、眼鏡の度数が世間に洩れるより、住所とかが洩れる方が嫌だー。

すっごく訴えてみたかったが、また来るのが面倒くさいとおもった客がごねてる、とおもわれたくなかったのでおとなしく帰った。

 

近頃のわたしをおもい返せば、その眼鏡以外にも、解らないとおもったらお店の人に「どゆこと?どゆこと?」とよく訊いていて、例え親と一緒にいても「えー、そこは曖昧にしたらあかんやん!ちょっと待ってて!訊いてくる!」と、親をほっぽり出して質問へ向かう始末。

いつからこんな子になったんだろう。昔は「まぁ、いいけど…」と言ってばかりだったのに。おそろしい!

まぁ、それでも一般のおとなよりはぼんやりしていますけども。

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包容力

食卓に、バナナカステラ3本入りがあった。

あ!食べていい?と母に訊くと、わたしのために買ってくれたと言う。わたしは焼き菓子がすきだ。

「おかあさんも食べたいし、ちょっとちょうだい」

ちょっと、というのがどの程度の量かが解らなかったので(夕食直後だった)、とりあえず1本渡した。母は何だかもじもじしている。

「えー、何か悪いわぁ…まるまる食べられるかなぁ」

いいよ!いいよ!食べられへんかったら、またこっちに戻して!

そう自信たっぷりに頷くわたし。

自分の頼もしさにうっとりする。

 

でも、よく考えたら買ってもらったものだった。

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冗談でも泣ける一言

「水の泡アワー」は広島東洋カープを応援しています。

意味はない。実際はタキガワ個人がファンというだけだ。でもこうすると、なんかちょっとした組織みたいでしょ。ひとりじゃないって素敵でしょ。さみしいのか、わたしは。

関西に住んでいる身であるからして、主に球場での観戦においては時に危険をかんじることもあるわけです(阪神戦)。生きて帰れるのかしら…とか。例えば関西の巨人ファンの方々はもっと恐ろしいおもいをされているのか。ドンマイ!そして命は大切に!

両親も妹夫婦も熱烈なトラ好きのため、唯一のテレビ放映のある阪神×広島戦も、阪神が負けていれば途中でチャンネルを変えられてしまう。わたしは強い広島がみたいのに。

昔々カープの全盛期、呉服屋さんにお勤めしていた父は、広島に反物を売りに行くときは鯉の模様がはいったものしか持って行かなかったという。それしか売れないから。広島の街は、鯉の着物の紳士とご婦人達ばかりだったのか?

あの頃よ、もう一度。全盛期がどんなものだったかは知らないが、日本各地に鯉人の波を!手始めに、田舎でよく見かけるヘル中(ヘルメットを被って通学する中学生の略)のヘルメッツを真紅に染め上げてやろうぜ!

 

先日。今のところ、野球に関しては(も)どこにも属していないであろう、生後4ヶ月の甥に、広島カープのロンパース(またはスタイ)をちょっと着せてみたい…と妹に言ってみたところ、義弟から「冗談でもやめてくれ」との返事があった。

まだ今年も終わっていませんが、今年いちばん傷ついた一言でした。

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地域と個人

茶柱が立った。

ちょうど両親と食事中だったので、得意げに見せてあげた。縁起のお裾分けだ。

すると、母が慌てて言った。

「茶柱が立ったら、(茶柱の存在を)ひとには黙って願いごとを念じなあかん!」

茶柱にそんな威力はないだろう。父も、母の言葉に苦笑いだ。違う違う、と手を振っている。

「茶柱はな、見つけたらぴゅっと取ってポケットに入れて持って帰るんや」

ポケット?なんでポケット?ポケットのなかって、案外キタナイよ!そこに大事な茶柱を入れていいのか?ただ持って帰るだけではだめなのか。

その後、流れ星と間違っているのでは?という話にもなったが、両親とも間違っていないと口を揃える。

流れ星の場合、母は秘密で願いごとをおもい、父は流れ星の流れる方へ手を懐に突っ込む(と、お金がはいってくる)らしい。

流れ星が、向かって右から左に流れたら、右手を服の首元から左胸の方へ差し入れる…とのことだ。

 

ちなみに、父と母の出会いは我が家の最寄り駅の隣の駅なので、そんなに地域差はないはずだ。うちの地元は茶柱と流れ星に関しては、各自の個性を重んじた受け止め方をする地域だったのか。

母の個性は、秘密ずき。そして、父の個性は持って帰りたがり。

その遺伝子を分けたわたしは、昔からやけに交換日記をしたがる傾向にある。 

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わたしじゃない女子

「いもたこなんきん」って、女性のすきな食べもののことをいうんですよね。

でも、なぜ「たこ」なのか。

すきなものに理由などない。気がつけば心奪われているものだろう。それはいい。でも「いも」と「なんきん」に挟まれての「たこ」は居心地も悪かろう。

それに、わたしは芋もなんきんもすきだけれど、蛸はそんなにすきじゃない。多分すきなものランキング280位くらいでようやく出てくる。どうせなら、ほこほことした食感が似ている栗にすれば落ち着くのに。

栗をすきな男女比は、男性が上回っている…もしくは半々くらいだとでもいうのか。じゃあ、蛸じゃなくて烏賊じゃだめ?どっちにしろすきじゃないんだけど。

  

「いもたこなんきん」はこれをやっときゃあ、女子は喜ぶぜ!ってことなんでしょう?

まあ、確かなことはいえないけれど、少なくともわたしはそこまで嬉しくない…かなあ。

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テレビ姉妹

全然テレビを観ない。NHKは受信料を倍は支払わなくてはいけないとおもうくらい観ているが。

NHKはたのしい。CMないし。夕方の、「にほんごであそぼ」から「クインテッド」の枠なんてずっと釘付けになるし、「ダーウィンが来た!」とか「NHKスペシャル」とかそういう自然・動物系の番組は飽きるほどみている。(おかげで映画「ディープ・ブルー」とかが、全然おもしろくなかった)

妹はかなりのテレビっ子で、まともに働いていた2年弱の間はビデオ録画で我慢していたが、あとの人生はほぼテレビに夢中というひとだ。

わたしも、深夜のバラエティ番組をかなりみていた時期があるので、その頃の姉妹の力を合わせていれば、故ナンシー関さんにも太刀打ちできたに違いない。

そんな妹の最近の悩みは「アナログ放送が終了したら、いままでのアナログ放送番組は再放送しないのか?」である。

そして、わたしは深夜の面白かった番組を、是が非でも再放送(もしくはDVD化)しないもんかな、とおもっている。

その筆頭が「見参!アルチュン」。街(関西のJR・私鉄の駅周辺。しりとりで次の駅が決まる)を歩いて、気になるものを見つけたらなんだかんだと妄想する…というただそれだけのローカル番組だ。なのにシュール。そしてエキセントリック(出演の藤谷文子が)。

ちなみに、わたしはこの番組を大切におもうあまり、片想いのひとと大喧嘩になり疎遠になる…という過去を持つ。でも、まったく後悔していないさ!

かつてmixiをはじめるとき、日記のところでアルチュンの真似事をしようかともおもっていた。(でもひとりでやると、結局VOW本みたいになりそうでやめた。あの魅力はそこにないんだ!)

今でも、散歩がてらに“ひとりアルチュン”をしながらおもう。

偉くなりたい。

アルチュンを全編DVD化するためだけに、権力がほしい。

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ゆらゆら

 昼間勢いよく石を蹴り飛ばしたことが原因で、その晩私の家に幽霊がやってきた。

 女の幽霊だった。ミホシと名乗る。

 痛かったのよねぇ、と恨みがましくミホシは言い、ちゃぶ台の上に件の石を落とした。そしてそのままうちに居つくことにしたらしい。あたり屋幽霊だ。

 ミホシは百年も前に“好いた男の裏切りを受け”た末に死んだのだ、と主張する。買い置きのおやつにすぐに手をだし、私が恋人と交わす睦言をニヤニヤと傍らで聞いていたりもする女が、そんなしおらしい理由で死んでしまうものか。

 ベランダで夜を過ごすのは、私の習慣だ。ミホシも気が向けばそこに付いてくる。この場所は閉じていて、ふるぼけた住宅の壁しかみえない。

 今日は久々に友人に会った。彼女らの活力に満ちた近況は、何故だか私を心許ない気持ちにさせる。

 幻よりも淡いミホシの気配が、べランダの手摺にまとわりついている。私は黙って腕を伸ばした。

 たぶんこのまま一生涯、やりすごすことも可能だろう。何も生まず、どこへも行かず、ただ息をして。

 深くあたたかな闇が、私たちの周りを揺蕩っている。

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人生の選択肢

遅ればせながら、8月24日に京都太秦映画村・小さな小さな怪談ノ宴でお会いできた皆様。本当にお世話になりました!ありがとうございます。

 

当日は五十嵐彪太さんと待ち合わせ。今回の再会は3年ぶり…とはならずに一安心。

入村するなり、ひょーたんさんのお仲間が増えてゆく…。すごいなー。わたしはどう前向きに考えても、あと5、6回は生き直さないとこうはなれないだろう。羨望のまなざしてひょーたんさんを見守る。

ちなみに怪談の日の朝、わたしはひょーたんさんに婚約宣言をされる夢をみていたのだが、最近のこのブログのせいで、わたしのほうが婚約宣言をしていたように受け取られていた。違いますよー!

怪談ノ宴は、「恐怖」という感覚が未だによく解らず、こわいはなしに着地できないわたしとしては、終始恐縮。けれども、勿論聞き応えがあって引き込まれてゆく。怪談愛(そして趣旨の合っているところに作品をだすというお話)に心うたれる。「てのひら怪談」へ作品を送らなくてよかった。わたしの超短編人生においては上位に食い込む功績。か?

会場ではたなかなつみさんとやましたくにこさんともお会いできました。

   

体調万全で臨んだはずだったのですが、何故か怪談翌日から熱発、そして口いっぱいに拡がる口内炎!!で寝込みました。

これは、怪談愛がないくせに参加してしまったせいで、怪談の女神の逆鱗にふれたのだろうか。

それとも、食事へ向かうタクシーのなかで森山東さんに見せていただいた、呪扇の効果…なのだろうか。タカスギさんが頑ななまでに扇子に触れていなかったのはそういうことなの?たなかさんは大丈夫でしょうか?きゃー!

そして、わたしは怪談2日後に、家族旅行を予定していた。すでにふらふらだったので、両親にはやんわりと行きたくない旨をお伝えした。なんせ眠れない。口中が腫れて眠れない。頭痛が激しくて眠れない。出発当日、夜明けを過ぎてようやく眠れたわたしを、父が起こしに来た。

「おまえ、病院行ってから行くか、我慢して行くかどっちやねん」

結局、行くんだ…。

はるばる岐阜まで運ばれながら、人生において自分で選べることってちょっとしかない…と泣いた。

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