姫君
魔法をかけられて閉ざされたままの給水塔の扉が、今日は開いている。 向こう側の、うす暗くてじめっとした空気が鼻をつく。体をすべり込ませると、私ひとり分の足音が静かに響いた。
狭い階段をひたひた昇る。遅れてくる影を感じながら、私はすこし横を向いて唇に指をあてる。
静かに。足元には気をつけて。落ちたらひとたまりもないわ。
この塔の天辺からは、私の国が見渡せる。影は今、すっと伸ばした私の背骨を、ひたすら目で辿りながらついてきているのだろう。現在の私の境遇を気に病んでいるかもしれない。木綿のスカート、踵の低い靴。最上階につけば、影は堪えきれずに私に言う。逃げましょう。貴女はわたくしが守ります。いつまでも。
そして私達は穏やかに、しあわせにしあわせにしあわせに。
明かりとりの窓から入る逆光が眩しくて、私は目を閉じた。突然名前を呼ばれた。息が止まる。見上げた位置に、幼馴染がやはりひとりで立っていた。
ちょっと窮屈に笑ったのは彼女が先で「ここから見えるの、うちらの団地ばっか」と髪をかき上げた。
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