« 仮想スター | トップページ | やさしくして »

踊る

 姉が家をでた。大騒動になった。姉の婚約者の家族も巻き込んで、騒ぎはなかなか静まらなかった。僕は、つるりつるりと魚をのみ下しながら、彼らの様子をただ観ていた。親のくせに、と苦々しくさえおもう。

 親のくせに、何年あの女に付き合ってんだ?姉がごたごたを引き起こすのはいつものことじゃないか。

 愚にもつかない話し合いを繰り返すその集団の中で、姉の元婚約者だけがただひとり、落ち着いているように見えた。すらりと首をもたげ、前を向いている。全く、姉はばかだ。ここらで一番の魚捕り名人の彼を掴まえておいて、いよいよという時にするりと逃げて。

 男の本質なんて、皆おなじよ。自信たっぷりに笑って、姉は言った。出奔前夜のことだ。そして臆面もなく、僕に話した。満ちたりた横顔をして。

 姉と連れ立った、その男の求愛は、それはそれは素晴らしかったのだそうだ。

 紅い夕日が、拡げた男の羽を隅々まで染めて、その真摯に舞う姿は風を生んでいるようにしか見えなかった、と。

 その時が来たら、ああいうふうに踊れる男になってね。そう残して、姉は発った。

|

« 仮想スター | トップページ | やさしくして »

超短編」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。