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しあわせ病

 だいすきな男が、病気に罹ってしまった。体温が上昇するごとに、どんどん身体が縮んでゆくという原因不明の熱病である。

 ゆうべ、男は2年ものの梅酒の梅の実を、8つぺろりとたべて笑っていたのだという。男の部屋に入ったわたしはまず、その話を聞かされた。男の恋人であるところの、わたしの友人に。

「こんなことならもっとたべさせてあげればよかったわ」

 彼女は泣き腫らした瞼をしている。わたしは、梅をたべさせ続ければ縮むくらいでは済まなかったかもしれないし、と友人の背中を撫でた。

「今もずっと縮んでるの」

 男は、黄色いプラスチックの弁当箱に敷かれた脱脂綿のなかに、くたりと埋まりかけていた。彼にはこんなにあかるい色は似合わない。爪のさきで摘み上げると、予想以上に熱くて床にとり落としてしまう。

 友人は、ずっと俯いて泣いていた。

 わたしは落ちた男の代わりに、床に残ったパン屑を弁当箱に入れた。フローリングと男の膚色が同化していて、目だけで探し当てるのは一苦労だった。やっと見つけた男をポケットに隠すと、熱を放つその一点が、洋服越しからでもわたしの脚を灼きつける。ひりひりと爛れてゆくのを感じる。

 いつか砂粒よりもちいさくなった男が、とけたわたしの皮膚と混じりあうならそれもいい。

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