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センチメンタル

 引越しの荷づくりの最中、がらくた入れからささくれ立った記憶が転がり落ちた。

 それは、ちょうど往来していた恋人の足の下で不穏な音をたてた。私は脆く散らばったプラスチックのかけらを、総て綺麗にあつめて捨てた。

 そのふるいフィギュアは、割とながくお守りにしていたものだ。横から見た姿勢が似ていた、ひっそりとした鼻筋が似ていた。あの頃は、そういうもののいちいちが貴かったのだろう。

 恋人は、神妙に縮こまっていたが、そんな情けない顔をされては私も困ってしまう。夜が近づいても片付く糸口すらない部屋のなかは、お互いを含めて不要なものばかりだ。

 風呂場で恋人がつかう水の音が響く。日常をうまく装うことができないのは、後悔しているからではない。私はすこし焦る。恋人がお風呂からあがってきてしまう。その前に。

 床の上にざらりと残る、プラスチックを撫で続けている。

 つけっぱなしのテレビは、いつの間にか落語に変わっていた。笑いがとまらない振りをして泣いた。

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