富士山
職場の同僚のコロボックルが、退職することを私に伝えに来てくれた。
入社以来、ほんとうにお世話になりました。
私たちは会社の廊下の片隅で、乾杯をした。牛乳をちびちびとやりながら、彼は晴ればれとした顔で笑った。
いやね、ワタクシやっと見つけたんですよ。
「何をですか?」
眠るために目を瞑るとね、瞼の内側に白い稜線が見えていたんです。子供の頃からずっと。その山をね、見つけました。
「やま」
ええ。この間あなたと行ったでしょう、出張。新幹線からね、もう窓いっぱいに。で、その時これはおぼし召しだろう、と。
「おぼしめし」
きっとあそこで、誰かがワタクシを待っているのです。
彼のちいさな足音が遠ざかっていった。私は目を閉じて、それを聞いていた。
瞼のうらに、私にも見えた。でもそれは、最後に彼のくちびるを湿らせていた、牛乳の靄でしかなかった。
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