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サンダル

 先月。私は祖母の父親となり、彼女を大いに脅かしてしまった。

 今日は一体私は誰になるのだろう。開閉のたびにちゃちな音をたてる薄っぺらなドアを目にする度、私はいつも暗澹とした気持ちになるのだ。

 この部屋は、清潔な白と光に満ちている。だが、どこか湿気った空気に私は少しも馴染めない。頑健としたベッドにささやかに腰掛けた祖母は、会う毎にしわしわと萎んでゆくような気がする。

 サンダルが流されたの。ぼんやりとしたその口調には不似合いな、熱っぽい眼をした祖母は私に言った。

「帰るまでにはみつかるかしら」

 嫣然と微笑む彼女を前に、私は自分でも呆れるほどに動揺してしまった。白々とひかる蛍光灯が、かたい床に照り返して目が眩む。

 突然ひゅう、と風が吹いて、途端にとっぷりと足首まで浸される感触がした。私の足裏を取り残してゆくように、流れ去るこまかな砂。視線を落とすと、波間で白いサンダルが片方、揺れている。

 2人して、じっとりとした潮風にさらされていた。祖母の記憶に落ちたのだ。

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