« 才能 | トップページ | カウントダウン »

延長また延長

 隣の兄ちゃんの所に、またコイビトが来ている。コイビトは、いつも赤い自転車に乗って、来る。それは滴るように鮮やかな赤で、その色が目に映るたびに、あたしは膨らみゆく自分の胸のカタマリに苦しめられるのだ。

 赤い自転車が去った後に、あたしは兄ちゃんの所へオセロを持って、行く。あたしが黒で、兄ちゃんは白。けれど初めて手ほどきを受けた日から、あたしが勝ったことは一度もない。

「手加減、いる?」

 ゲームを始める一回ずつに、兄ちゃんは必ずそう訊くが、勿論あたしは首を振る。もしあたしが勝てたら、お願いをひとつだけきいてくれる約束なのだ。

 細く骨ばった指が、最初の4枚を盤に並べた。うすく笑って兄ちゃんは言う。本当に最後だぞ。

 今度こそ、黒の勢力で白を飲み込んでしまいたい。シャツの下の胸が触れられないほどに痛んで、あたしの瞼はあつくなる。

「もう1回だけして」

 負けられないあたしは、ムキになって何度でもせがむ。盤の上は、限りなく白に近い。

 兄ちゃんはもうじき、東京へ行く。

|

« 才能 | トップページ | カウントダウン »

超短編」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 延長また延長:

« 才能 | トップページ | カウントダウン »