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春の忍者

 私の後ろにしのんで付いてくるひとと、散歩へ出る。背中にその気配を感じながら、ひたひたと道をゆく。行き先は決まっている。私達は冬のあいだから、桜を観に行く約束をしていたのだ。

 一時は2人で連れ立って歩くこともあったのだが、少し前からこういう風になった。最初の頃は色々と考えていたような気もするが、慣れてしまえばそう大したことでもない。

 桜見物の途中で和菓子屋に寄る。大丈夫、あなたのもちゃんと買うよ。彼はケーキよりも饅頭派なのだ。

 豆餅をふたつ貰って、自分のぶんをその場で開ける。粉にむせながら食べて、付いてくるひとのぶんの豆餅はさりげなく地面へ落とした。

 少し歩いて振り返る。そのひとが豆餅に手をだした様子がない。

 もういいよ、と私は道端の豆餅に向かって言ってみた。

 もういいんだよ。心からそれを言ってやりたいが、それでも私は自分に対してそう言うことが出来ない。

 私と豆餅を避けて、花見客が通り過ぎてゆく。彼の気配はまだ離れない。

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